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東京高等裁判所 昭和24年(わ)464号 判決 1950年2月03日

上告人 被告人 田中清 外一名

弁護人 川上隆

検察官 小泉輝三関与

主文

本件上告はいづれも之を棄却する。

理由

本件上告の趣旨は末尾添付の弁護人川上隆名義の上告趣意書と題する書面に記載の通りである。之に対して当裁判所は次の様に判断する。

論旨第一点について。

旧刑事訴訟法第六十四条に依れば、公判期日における訴訟手続は公判調書のみに依り之を証明することを得るものであるから同法第六十条第二項各号、或は刑事訴訟規則施行規則第三条第二号の公判調書記載要件で公判調書に其の記載がないものについては、其の手続の履践を証明する由がないことは所論の通りである。しかしながら公判調書は畢竟公判期日に行われた訴訟手続の存否、内容について之を記録するに過ぎないものであるから、其の証明力の範囲も亦自ら右本来の記載事項である公判期日に於ける訴訟手続の存否、内容にのみとどまるべきものであつて、之に依つて直ちに其の記載された訴訟手続について実質的効果迄も付与するに至るわけのものではない。従つて仮令公判調書に或る訴訟関係人の訴訟行為が記載せられたとしても、之に依つて直ちに所論の様にそれが適法の資格を有する訴訟関係人に依つて有効に為されたものと迄認められるに至るものではなく、却つて別に当該訴訟関係人の有無及適法の資格の証明を俟つた上ではじめて当該訴訟行為が有効に為されたことを認め得るに至るものと云わなければならない。

仍て本件について之を見るのに、原審に於ける所論公判調書の冐頭部分に弁護人の氏名及出頭についての記載がなく、しかも後に至つて弁護人が弁論を為した旨の記載があることは所論の通りである。従つて右公判調書は之に依り当該公判期日に於て何時如何なる弁護人の出頭があつたか又右弁論を為した弁護人は如何なる弁護人であつたかについて其の証明を為すに由のないものであることが極めて明であるが、他方曩に述べたように弁護人の弁論があつた旨の右公判調書の記載は未だ之に依り直ちにそれが適法の資格を有する弁護人に依つて有効に為されたものと迄認め得べきものではないから、此の点につき記録を検討するのに、原審に於て被告人等の為弁護人の選任が為されたことについては何等の証左がなく、又右公判調書の記載を除けば弁護人の存したことを窺うことができるような何等の手続も亦執られた形跡がない。故に是に依つて観れば、右公判調書の記載に拘らず原審に於ては被告人等の為に適法の弁護人は何等存しなかつたものと認める外はなく、従つて適法の弁護人の存することを前提とする弁護権行使制限の問題は到底之を生ずる余地がないものと云わなければならない。而して本件が旧刑事訴訟法第三百三十四条に該当せず又之につき日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第四条による弁護人選任の請求もないものであることは記録上明であるから、原審に於て弁護人の存しなかつたことが被告人等の防禦権の行使を制限したものでないことも亦勿論である。之を要するに原審には何等所論のような弁護権制限の違法は存しない。論旨は理由がない。

論旨第二点について。

原判決の挙示する小山宇太郎提出の盗難届には原判決の認定した事実に照応する盗難被害顛末の記載があつて、原審が此記載と被告人等の自供とに依り十分の心証を得た上該事実の認定を為したものであることは、其の判文上極めて明である。従つて所論小山恒治の盗難届が仮に所論の通り右認定事実と同一の事実に関するものであつたとしても、原審は前記盗難届と之とにつき其の記載自体及び被告人等の供述其の他一切の情況を参酌して前者を採るに至つたものであることは優に之を窺い得るところであつて、斯かる判断を不当とする所論の様な実験法則は何等存することはなく又旧刑事訴訟法第三百六十条は証拠の取捨について判文上説明を要求するものでないから、原審が特に此の点を明示した証拠調を為すことなく又判文上此の点の説明を加えなかつたのは正当である。論旨は理由がない。

論旨第三点について。

所論小山宇太郎提出の盗難届が証明力を有することについては既に説明した通りであるから原審が之と被告人両名の自供とを綜合して事実を認定したことは正当であつて、原判決には何等所論の様な違法は存しない。論旨は理由がない。

仍つて旧刑事訴訟法第四百四十六条に依つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

上告趣意書

第一点原判決は不法に弁護権の行使を制限して為したる違法がある。

原審昭和二十四年六月三十日の公判調書によるときは「弁護人の為め利益なる弁護を詳細に為したる上何分御寛大なる判決を賜はり度しと弁論を為したり」と録取しあり(記録第一一六丁)故に原審に於て被告人等は弁護人を選任し又は選定しあり、そして其の弁護人が公判期日に出頭して最終弁論を為したることは明白である。

然るに該調書の冐頭には被告人は公判廷に於て身体の拘束を受けなかつたと記載し、其の次に弁護人と記入し乍ら之を殊更削除し而も抹消印迄押してある(記録第一一〇丁)特に旧刑事訴訟法第六〇条には公判調書には弁護人の氏名を記載すべき規定なるに拘らず其の記入すらされて居ない、之等の点から考察すれば恐らく同公判当日の開廷時には弁護人の出頭して居なかりしことは十分察知せらるる所である。そして其の後事実審理及証拠調が敢行せられて居るが其の過程に於て亦弁護人が出頭して弁護権を行使したる形跡も更に見当らないのである。而して旧刑事訴訟法第六四条によれば公判期日に於ける訴訟手続は公判調書によつてのみ証明することを要し他の反証を許さないものであるから弁護人が最終弁論を為したことから推して其の弁護人か始終該公判に立会つて居たとの想像も為し得られざるのみならず、却つて如上の反対事実を以てすれば一層其の然らざることを窺うに十分である。然らば結局原審の公判に於ては弁護人は事実審理証拠調終了後始めて出廷して最終弁論を為したるに過ぎざるものであつて重要なる事実審理及証拠調には立会したものにあらざるものと謂わねばならぬ。然るに於ては原判決は弁護人の弁護権を不法に制限して為されたるもので違法なりと信ずる次第である。

第二点原判決は審理不尽且つ理由不備の違法がある。

原判決は其の理由に於て本件犯罪事実を認定するに当り被害者小山宇太郎提出の盗難届を断罪の資に供して居る。然るに本件記録には他に小山恒治が判示事実に適応する同趣旨の盗難届を提出して居る(記録四丁)然らば同一犯罪事実に付同趣旨の被害届が二個あるときは其の何れが正当の被害者であるかは一片の届書のみを以てしては之れを認定し難く斯る不明確なる事実に付ては事実審に於て詳細なる証拠調を為したる上其の証明力を付与すべきものなることは採証の実験則法上当然なるに原審は事爰に出でずして右小山宇太郎を被害者なりと断定したるは結局審理不尽且つ旧刑事訴訟法第三百六十条により之れを認めたる理由不備の違法ありと信ずる。

第三点原判決は被告人の自白のみを以て処罰したる違法がある。

原判決は其の理由に於て「右事実は被告人両名の当公廷に於ける判示同趣旨の供述書並に小山宇太郎提出の盗難届書中判示事実に照応する盗難被害顛末の記載を綜合して之れを認める」と摘示しあり、然るに右小山宇太郎の盗難届の証明力なきことは前示の通りであるから結局原判決は被告人の自白のみを以て処罰したもので憲法第三八条、刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第一〇条により自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には有罪とされ、又は刑罰を科せられない規定に反することとなるに付違法なる判決であると信ずる。

以上の理由により原判決を破棄相成度上告に及びたる次第であります。

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